生まれも育ちも厚木。コーヒーを通して地域のことをしたいと、地元・厚木の名を冠したショップを立ち上げた酒井涼旦郎さん。グアテマラの自社農園で栽培したコーヒー豆を自家焙煎し、ここでしか飲めないコーヒー作りを実践しています。その傍らで、酒造や鉄道会社などを巻き込み、新たなプロジェクトにも精力的に取り組む酒井さんにお話をうかがいました。
「初めて真剣に学んだコーヒー、その魅力に夢中に
― まずは酒井さんとコーヒーとの出会いから教えてください。
高校を卒業して「サントリーコーヒーロースタリー」という缶コーヒー「BOSS」の焙煎工場に就職したのがきっかけです。厚木工場は、僕が通っていた中学のすぐそばにあって、高校に届いている求人票が世の中の産業のすべてだと信じていましたし、「ここなら家から近いし、通えるかな」と思ったんです。実際はダメ社員で。言われたことしかやらない、週末の飲み会だけが楽しみで、最初の2年くらいは上司との面談のときに「コーヒーには興味ないです」とか言っちゃうくらいでした。
― 何がきっかけで変わったのですか?
高校生の頃から交際していた妻が短大を卒業して社会人になる頃、社会人の先輩でありながら何もがんばっていない自分が格好悪いなと思って。何か挑戦してみようと思って取り組んだのが「コーヒーインストラクター検定1級」でした。2級は合格率が80〜90%ですが、1級は20%くらい。学生時代の僕の成績は下から数えたほうが早く、毎日学校には行くけれど勉強はしていなかったので(笑) 初めて勉強した対象がこの検定だったんです。そうしたら、コーヒーっておもしろいなと思うようになって、そこから一気に広がっていきました。
でも最初は不安だったんですよ、それまで何かにのめり込むという経験をしたことがなかったので。それでも、人生は有限だと思い知らされる出来事があって、ちゃんとやりたいことをやろうと決心して。コーヒーのことを広げるなら中にいてはダメで、外からやろうと思ってクラウドファンディングのキャンプファイヤーに転職しました。
地域の魅力を発信する「厚木珈琲」
― その後、「厚木珈琲」を立ち上げるまでの経緯を教えてください。
キャンプファイヤーはコロナ禍で早い段階からリモートワークになったので、家にいる時間が長くなったんですよね。すると内省化というか、自分のことを考える時間が増えたときに地域のことを何も知らないことに気づいて。例えば、厚木市の地名の由来を調べてみると意外とおもしろい。
ちょうどキャンプファイヤーでも地域のチームに所属していて、地域のことをしたいと思っていたタイミングでもあったんです。中学の同級生4人と「TSUMIKI(つみき)」という任意団体を立ち上げて、Instagramで地域の由来や歴史などを調べて発信するみたいなこともしていました。でも結局、僕ができるのはコーヒーしかなくて。コーヒーを通じて地域のことをやろうと思って、そこから「厚木珈琲」が始まりました。
― 屋号を「厚木珈琲」とされたのはなぜですか?
地域から発信していくというコンセプトがありましたし、遠方の方が遊びに来たときに厚木を楽しんでいただけたらうれしいなと。世界にどんどん挑戦していきたいので、ジャパニーズカルチャーを感じられる側面も表現したいと考えたときに、自分の名前よりは地域の名前で、しかも日本語、漢字でと。でも最初から「厚木珈琲」一択ではなくて、いろいろ悩んだんですが腹をくくって「厚木珈琲」にしよう!と。ちなみにロゴは、大山阿夫利神社で御朱印を書かれている方にお願いして書いていただきました。
― 酒井さんが思う地域のおもしろさを具体的に教えてください。
厚木という一つの町の中にあるグラデーションかな。本厚木の駅前はわりと栄えているけれど、西側へ行くと雄大な自然が広がっていて、その割に都内からのアクセスは良くて。それが昔から好きなところでもあったんですよね。そして地名。厚木は「あつめぎ」から厚木になったという説があって、相模川が木材の集積地で、そこからいろいろなところへ運ばれていくハブになっていたそうなんです。そういう視点で町を見てみると、なんとなくこの辺りって材木屋さんが多い気がして。地名から昔の町の姿が見えてくるというか、そんな気づきがおもしろいなって思うんですよね。
― 普段、意識することはないですが、掘り下げていくとおもしろみや新たな発見がありそうですね。
そうなんです。僕らがおもしろいと思ったそんな側面を感じていただけたらと「相模川ブレンド」を作りました。三川合流地って日本だと珍しいらしいです。そんなコンセプトを知っていただくと、お客さまにも喜んでいただけて、お土産に使っていただく機会が多いんですよ。
厚木だけを見るとまだまだ少ないかもしれませんが、地域に目を向けている人が増え始めていると思います。僕はコーヒーですが、キャンプファイヤーで仕事をしていたときは日本全国に、お酒の人がいたり、加工食品の人がいたり、それぞれの場所でそれぞれのモノづくりをされている。厚木って、絶妙な田舎感、都心との距離感、人口約22万人という町の規模……、持っている価値やリソースを考えると事業的な目線で見ても全然やれるんじゃないかなって。
― 当初はどのような営業スタイルだったのですか?
母の知り合いで「勝利のベルマーレポップコーン」のキッチンカーを出している方からの依頼で「ベルマーレコーヒー」をプロデュースさせてもらったり、「厚木グラススタジオ」さんのカフェのオープニングの際に神奈川トヨタさんとコラボして、MIRAIの電力で焙煎したコーヒーを販売したり、小さく始めました。その後、神奈川県の「HATSU起業家支援プログラム」に採択され、「本厚木ミロード」での催事のお誘いをいただいて2023年の2月に「厚木珈琲」として初めてのポップアップ出店をしました。
― お客さまの反応はいかがでしたか?
本当に多くのお客さまが来てくださり、「どこで買えるんですか?」という声が多くて、ちゃんとした場所を作らないとダメだなって思うほどでした。その直後、8年ぶりにグアテマラへ行って自分たちの農園視察をして、帰国してからは「厚木珈琲」に集中しようと。事業が安定していたわけはなかったのですが、ここでちゃんとやらないとお客さまに失礼だなと思ったんです。2023年4月1日からスタッフが加わってくれて、15日には「厚木グラススタジオ」内に店舗を構え、5月末にキャンプファイヤーを退職、12月に焙煎所を併設したこの店舗をオープンしました。
地域や他の事業者を巻き込んだ新たな取り組みも結実
― 厚木市内の事業者さんと連携した取り組みもされているそうですね。
はい、七沢にある「黄金井酒造」さんと酒造りをしています。元々僕はコーヒーの栽培に興味があるんですが、さすがに日本ではできない。そこで、日本で何か作れないかなと思ったときに目の前に田んぼがある。米があるなら日本酒を造れるんじゃないかなと思ったのがきっかけです。
「黄金井酒造」さんでは兵庫県など県外から酒米を仕入れていて、地元の酒米では作られていなかったので「一緒に作りましょうよ」と。2回目の酒米の田植えも行うことができ、これからもいろいろな方に参加していただく予定です。
― 「黄金井酒造」さんとはもともとご縁があったのですか?
ないです(笑) 僕、友だちとは日本酒を飲むことが多くて、好きなんです。最初は酒蔵に通い続けて、専務に顔を覚えてもらって。いろいろな話をするなかで「地域で酒米を作りませんか?」と持ちかけました。専務の了承を得て、企画書を作って社長にプレゼンをしたところ意外にも「やるべきだよね」って。反対されることを予想していたので驚きました(笑)
「黄金井酒造」さんは古き良き日本酒の味が持ち味なのですが、僕たちも参加させてもらうからには何か新しいものを造りたいなと思って。若年層も親しみやすい、華やかさのある流行の日本酒に仕上げてもらいました。「旋 TSUMUJI」という名前で去年、最初の日本酒ができました。おいしいので飲んでみてください!
このプロジェクトは、地元のメディアにも注目していただき取材も受けました。地域から発信していくというコンセプトを体現できたのではないかと思っています。
― ほかにも進めているプロジェクトはありますか?
小田急電鉄さんのロマンスカーとコラボしたドリップバッグを作り、海老名にあるロマンスカーミュージアムと「厚木珈琲」の店舗で扱っています。実際のロマンスカーに載せていただいた取材から着想を得て、4種ある車両ごとにオリジナルのブレンドを作りました。取材の様子をYouTubeで配信しているのでご覧ください。
― 映像作品と言えば、今年の7月にはドキュメンタリーの上映会も計画されているそうですね。
7月26日に「TOHOシネマズ海老名」で『MADE IN _』という作品を上映しました。僕たちは「ここに来ないと飲めないコーヒーを届けたい」という思いで「厚木珈琲」を運営しています。でも、その思いやグアテマラの自社農園でどのようにコーヒー豆を栽培しているか、パートナーのイサイアスさんがどんな人か、これまでちゃんと伝えきれていないと思ったのが最初です。
まずは写真と映像を撮ってもらって店舗にあるモニターやSNSで投稿していきたいと思って、カメラマンの高橋優月くんに依頼してグアテマラに来てもらうことが決まったんです。でも、それだけじゃ勿体ないし、長尺のドキュメンタリー作品として作ったほうが伝わるはずだと。作品を作るなら、皆さんにお披露目したいし、世界観に没入してもらいたい。それができるのは映画館しかなかった。最初から映像作品を作りたかったわけではなく「ちゃんと伝えたい」を突き詰めた結果、映画になった感じです。
― TOHOシネマズで上映とは、すごいことですね。
近隣の映画館というと「あつぎのえいがかんkiki」「イオンシネマ海老名」「TOHOシネマズ海老名」の3箇所。「TOHOシネマズ海老名」はシアターレンタルをしていなかったんですが、皆が上映を喜んでくれる、驚いてくれるのは「TOHOシネマズ海老名」だなと思って。いろいろなつてを辿って、なんとか(笑) 支配人に僕たちの思いを伝えたところ快諾いただけました! 神奈川県が後援してくれることが決まって、大使館にも協力いただける予定です。
― 酒井さんの行動力、発信力、巻き込み力はどのように培われたのですか?
小さい頃から皆でいるのが好きだったんですよね。一人の時間がダメ、一人でいられないんです。親戚も多くて、家に誰かいるのが当たり前だったんです。だからなのか、何かするときには「誰かと一緒にやりたい」という思いがあって、仕事も今進めているプロジェクトも、自分だけ、自分たちだけよりは一緒に参加してくれる人がいるとうれしいなと思うんですよね。
コーヒーをテーマに大人のためのイベントも検討したい
― 今後、JIMOTTOが一緒にできることはありますか?
何でもできるんじゃないですか! コーヒーセミナーとか、コーヒーとともに地域のことを知っていただく機会があるといいですね。
― 酒井さんのお話を聞いたら、コーヒーの奥深さに驚く人が多いと思います。
他には、今、シャンパンボトル入りのコーヒーを考えています。お祝いやギフトにシャンパンやワインなどアルコールドリンクが選ばれることは多いと思いますが、これってノンアルコールで良いものがないだけなのかもしれないなと思って。そんな贈り物として喜ばれるようなスペシャルなボトリングコーヒーを一緒に作りませんか? それをマルシェなどのイベントでお披露目して地域を盛り上げられたらおもしろそうです。
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『厚木珈琲 The Roastery』をもっと詳しく知りたい方はこちらから!
コーヒー豆はもちろん、オリジナルグッズや、コーヒーにピッタリのお菓子もあります。ハンドドリップコーヒーのテイクアウトと合わせてお楽しみくださいね!